昔は楽しかったことが楽しめなくなったら|人生後半の「好き」を探し直す方法

昔は楽しかったことが、今はあまり楽しめなくなったら

昔はあんなに好きだったのに、最近はそれほど楽しくない。

そんな経験はありませんか。

若い頃によく聴いていた音楽を聴いても、以前ほど心が動かない。
昔は夢中になっていたスポーツを見ても、なぜか興味がわかない。
好きだった読書や旅行、写真、釣りなども、「今は別にやりたいと思わない」と感じる。

そうなると、

「自分は何が好きだったんだろう」
「趣味がなくなってしまったのかな」

と考えてしまうことがあります。

でも、私は「好きだったものを楽しめなくなった=楽しみがなくなった」とは限らないと思っています。

変わったのは、好きなものではなく、好きだった頃の自分と、今の自分との違いなのかもしれません。

昔の「好き」と今の「好き」は、同じでなくてもいい

私たちは、昔好きだったものを今も好きでなければいけないような気持ちになることがあります。

「昔は夢中になったのだから、もう一度やれば楽しいはず」

そう思って再開してみたけれど、思ったほど楽しくない。

すると、「自分は変わってしまった」と感じるかもしれません。

でも、人は長い年月を生きていれば、興味も体力も生活環境も変わります。

仕事をしていた頃と、仕事を離れた今では、自由に使える時間も違います。

子育てをしていた頃と、子どもが独立した後でも、暮らし方は変わります。

だから、昔好きだったものを今も同じように好きである必要はありません。

「昔の自分に戻る」のではなく、「今の自分なら何が楽しいのか」を探していい。

「昔は好きだったのに」と無理に戻そうとしない

昔好きだったことを、もう一度試してみるのは悪いことではありません。

むしろ、人生後半だからこそ、昔の自分を振り返ることには意味があると思います。

ただし、「昔と同じように楽しめなければ失敗」と考えないことです。

たとえば、昔は長時間歩く旅行が好きだったとしても、今は近場をゆっくり歩くほうが楽しいかもしれません。

昔は一冊の本を一気に読んでいたとしても、今は少しずつ読むほうが心地よいかもしれません。

昔は仲間と競うことが楽しかったスポーツも、今は見るだけのほうが楽しいこともあります。

同じものでも、楽しみ方は変えられます。

「もう昔のようにはできない」と考えるより、

「今の自分なら、どう楽しめるだろう」

と考えてみる。

そのほうが、昔の自分と競争せずに済みます。

「好きだったもの」ではなく「好きだった時間」を思い出してみる

もう一つ、私が大切だと思うのが、「何が好きだったか」だけではなく、「どんな時間が好きだったのか」を思い出すことです。

たとえば、若い頃に釣りが好きだったとします。

本当に好きだったのは、魚を釣ることだったのでしょうか。

早朝に家を出ること。
水辺で一人になること。
仲間とくだらない話をすること。
自然の中で時間を忘れること。

もしかすると、そこに「好き」の本体があったのかもしれません。

そう考えると、釣りそのものを再開しなくても、散歩や写真、自然の中で過ごす時間など、今の自分に合った別の楽しみが見つかることがあります。

これは、昔の趣味を捨てるという話ではありません。

昔の「好き」を、別の形で今につなぎ直すということです。

楽しくなくなったのではなく、「今の自分に合わなくなった」だけかもしれない

昔好きだったことが楽しめなくなると、「自分は何をしても楽しくない」と考えてしまうことがあります。

でも、実際には、その趣味そのものが嫌いになったのではなく、今の生活に合わなくなっているだけかもしれません。

時間がかかりすぎる。
準備が大変。
一緒にやる人がいない。
今の体力には少し負担が大きい。

そうした小さな条件が変われば、以前好きだったことでも、楽しみ方は変わります。

反対に、昔は興味がなかったことが、今になって面白く感じることもあります。

私自身も、人生後半になってから、「昔ならこんなことに興味を持たなかっただろうな」と思うことがあります。

人は変わります。

だからこそ、好きなものも変わっていいのだと思います。

「楽しいこと」を大きく考えすぎない

人生後半の楽しみを探すとき、「新しい趣味を見つけなければ」と考えると、少し大げさになってしまいます。

何かを習い始める。
教室に通う。
道具をそろえる。
仲間を作る。

もちろん、そういう楽しみもあります。

でも、もっと小さくてもいい。

気になっていた本を一冊だけ読んでみる。

昔好きだった音楽を、久しぶりに聴いてみる。

少し遠い店まで歩いてみる。

昔の写真を整理してみる。

気になっていた場所を調べてみる。

こうした小さな行動の中に、「これ、ちょっと面白いな」という感覚が見つかることがあります。

その小さな感覚を無視しないことです。

趣味は、最初から「これが私の生きがいだ」と決めるものではありません。

少し面白い。
もう少しやってみたい。

そんなところから始まってもいいのです。

「好き」を探すなら、過去だけでなく今も見てみる

昔好きだったことを振り返るのは、とても良い方法です。

一方で、過去だけを探していると、「昔は良かった」というところで止まってしまうことがあります。

大切なのは、過去の自分を懐かしむことだけではありません。

今の自分が何に反応するのかを見ることです。

本屋で気になった本。
テレビで偶然見た番組。
誰かとの会話で出てきた話題。
街を歩いていて目に留まったもの。

「なぜか少し気になる」

そこには、今の自分の「好き」の芽が隠れているかもしれません。

人生後半になると、これまでの経験が増えています。

だからこそ、若い頃とは違う視点で同じものを見ることもできます。

昔は何とも思わなかったものが、今になって面白くなる。

それも、人生を長く生きてきたからこその楽しみではないでしょうか。

「好き」を探し直すことは、自分を探し直すことでもある

昔好きだったことが楽しめなくなったとき、私は「楽しみがなくなった」と決めつけないほうがいいと思います。

むしろ、今までの人生を少し振り返りながら、

「昔は何が好きだったのか」
「そのとき、何が楽しかったのか」
「今の私は、何に少し心が動くのか」

この三つを考えてみる。

すると、昔と同じ趣味に戻る必要はないことが見えてきます。

昔の「好き」を、そのまま復活させてもいい。

形を変えて楽しんでもいい。

まったく新しいものを見つけてもいい。

何も決まらない時期があってもいい。

私は、人生後半の「好き」は、何か一つに決めるものではないと思っています。

その時々の自分に合わせて、少しずつ変えていけばいい。

そして、「これなら少し楽しいかもしれない」と思えるものが一つ見つかれば、それで十分です。

人生後半は、昔の自分を取り戻す時間ではありません。

これまでの自分を土台にして、今の自分が楽しめるものを探し直す時間。

そう考えると、「昔は楽しかったのに」という気持ちも、次の楽しみを見つけるための小さな入口になるのではないでしょうか。

関連記事

次はこちらもおすすめです

◀ 前の記事

スマホの通知が多すぎて疲れたら|人生後半の情報量を減らす整理術

記事を読む →
次の記事 ▶

自由な時間が増えたのに落ち着かない|定年後の時間を持て余すときの整え方

記事を読む →

この記事を書いた人

70’spapa

43年間、整体の現場で多くの人生に寄り添う中で、 体だけではなく、心や暮らし、人とのつながりが人生を支えることを学んできました。

このサイトでは「健康」「学び」「出会い」「終活」を通して、 人生後半をもっと自由に楽しむヒントを発信しています。

▶ 運営者プロフィールを見る