自由な時間が増えたのに、なぜか落ち着かない
自由な時間が増えたら、きっと楽になる。
仕事に追われることもなくなって、朝も慌てなくていい。好きなことをする時間も増える。
そう思っていたのに、いざ時間ができてみると、なぜか落ち着かない。
何をするでもなく一日が過ぎてしまったり、「今日は何をしていたんだろう」と感じたりすることもあります。
でも、これは必ずしも「時間の使い方が下手だから」ではないと思うのです。
自由な時間には、決まった予定がありません。
だからこそ、自分で「今日はこれをしよう」と選ばなければ、時間は思っている以上に早く過ぎていきます。
私自身、会社を定年退職した経験はありません。自分で仕事をしてきたので、もともとある程度は自分で時間を調整してきました。
それでも、仕事の量や生活の変化によって、ぽっかり時間が空くことはあります。
そんなときに感じるのは、時間があることよりも、「その時間を何に使うのか」を自分で決めることの大切さです。
「時間ができたらやろう」と思っていたことはありませんか
現役の頃には、こんなことを考えていた人も多いのではないでしょうか。
「もう少し時間ができたら、本を読みたい」
「いつか旅行に行きたい」
「昔やっていた趣味をもう一度やってみたい」
「気になっていたことを勉強してみたい」
忙しいときには、時間さえあればできると思っています。
ところが、実際に時間ができると、なかなか動き出せない。
これは不思議なことではありません。
忙しいときには、「時間ができたら」という未来の予定だけで満足してしまうことがあります。
そして、いざ自由になったときには、今度は「何から始めようか」と考えているうちに時間が過ぎてしまいます。
だから私は、時間ができたときほど、最初に大きな計画を立てる必要はないと思っています。
「今日はこれをやってみよう」と、一つだけ決めてみる。
それだけでも、時間の流れ方は少し変わります。
以前、定年後に「予定がない日」が増えたときの一日の組み立て方についても書きました。
予定がないこと自体が悪いわけではありません。ただ、自分でその日の過ごし方を一つ選んでみるだけで、「何となく一日が終わった」という感覚は少し変わってくると思います。
自由な時間は、埋めなければいけないものではない
ただし、ここで一つ大切なことがあります。
自由な時間ができたからといって、その時間をすべて予定で埋める必要はありません。
何もしない日があってもいい。
テレビを見ながら過ごしてもいいし、昼寝をしてもいい。ぼんやりしているだけの日があってもいいのです。
「せっかく時間があるのだから、何か有意義なことをしなければ」と考えすぎると、かえって疲れてしまいます。
何もしないことと、何も考えずに時間を浪費することは、必ずしも同じではありません。
休むために何もしない日もあります。
ただ、気がついたら一日が終わっていて、それが何日も続いている。
もしそんな状態なら、一度だけ「私はこの時間を何に使いたいのだろう」と考えてみてもいいでしょう。
目的は「新しいこと」でなくてもいい
時間ができたからといって、何か新しいことを始めなければならないわけでもありません。
以前から続けてきたことを、少し深めてみるのも一つです。
仕事で培ってきた知識を、別の形で使ってみる。
昔から興味があったことを、もう一度調べてみる。
家族との時間を増やしてみる。
近所を歩いて、今まで知らなかった場所を見つける。
あるいは、何かをするためではなく、「今日はゆっくり過ごす」と決めることだって、一つの選択です。
大切なのは、他人から見て有意義かどうかではなく、自分自身が「今日はこれをしよう」と選んでいるかどうかだと思います。
一日全部を変えようとしなくていい
自由な時間が増えたとき、最初から一日の予定を細かく決める必要はありません。
むしろ、最初は一日の中に一つだけ目的を置くくらいでいいでしょう。
「午前中に本を10ページ読む」
「午後に30分歩く」
「気になっていたことを少し調べる」
「家内と一緒に買い物に行く」
この程度でも十分です。
一つ決めたら、あとは自由。
そのほうが、「予定をこなす一日」ではなく、「自分で選んだ一日」になっていきます。
人生後半になると、若い頃のように何でも予定を詰め込めばいいというものでもありません。
できることと、やりたいことのバランスを取りながら、その日の自分に合った過ごし方を選んでいけばいいのだと思います。
「好きなこと」が分からなくなったら、そこから考えてもいい
自由な時間が増えても、「自分が何をしたいのか分からない」という人もいるでしょう。
長い間、仕事や家族のことを優先してきた人ほど、自分のために時間を使うことに慣れていない場合があります。
そんなときは、いきなり「人生のやりたいこと」を探さなくてもいい。
「昔は何をしているときが楽しかったか」
「最近、少し気になったことは何か」
「誰かに誘われたらやってみたいことはあるか」
そんな小さなところから考えてみればいいと思います。
以前、「昔は楽しかったことが楽しめなくなったら」という話を書きました。
昔好きだったことが、今の自分にも同じように合うとは限りません。
だから、過去に戻るのではなく、今の自分に合うものを探していけばいいのです。
「好きなことが見つからない」という状態も、何かを始める前の一つの時期なのかもしれません。
これからの時間は、無限ではない
私は、人生後半になってから、「時間は無限ではない」ということを以前より考えるようになりました。
もちろん、毎日そんなことを考えているわけではありません。
ただ、これから先の時間を考えると、「いつかやろう」と先送りしているだけでは、できないことも出てくるでしょう。
だからといって、焦る必要はありません。
むしろ、「自分は何をしたいのか」を少しずつ意識することが大切なのだと思います。
やりたいことが大きな夢である必要はありません。
会いたい人に会う。
行ってみたい場所に行く。
読みたかった本を読む。
気になっていたことを調べる。
家内とくだらない話をしながら過ごす。
そういう小さなことも、これからの時間の大切な一部です。
自由な時間は、これから何を大切にするかを考える時間でもある
時間が余ってしまったと感じると、「何か予定を入れなければ」と思いがちです。
でも、本当に必要なのは、予定の数を増やすことではないのかもしれません。
自由な時間ができたからこそ、自分がこれから何を大切にしたいのかを考えてみる。
以前、「物・時間・人」という視点から、これからの人生で何を大切にするかを整理する記事を書きました。
自由な時間の使い方を考えるときにも、「何を減らすか」だけではなく、「これから何に時間を使いたいのか」という視点を持っておくと、自分の選択が少し見えやすくなると思います。
それまで仕事に使っていた時間を、少し家族に向ける。
これまで後回しにしていたことに、少し時間を使う。
あるいは、何もしない時間を大切にする。
どれを選ぶかは、人によって違います。
私自身も、時間が空いたら「何をしよう」と考えることがあります。
そして、考えているうちに一日が終わってしまうこともあります。
それもまた、悪いことではありません。
ただ、これから先の時間を考えたときに、「やっぱり、これをやってみよう」と思うことが出てきたら、そのときは小さくてもいいから始めてみる。
自由な時間とは、何かで埋めるために与えられた時間ではなく、自分で選び直すための時間なのかもしれません。
忙しかった頃には見えなかったものが、時間に少し余裕ができたことで見えてくることもあります。
その時間をどう使うか。
急いで答えを出さなくてもいいから、ときどき立ち止まって考えてみたいものです。
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この記事を書いた人
70’spapa
43年間、整体の現場で多くの人生に寄り添う中で、 体だけではなく、心や暮らし、人とのつながりが人生を支えることを学んできました。
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