夫婦で「別々の予定」が増えても、悪いこととは限らない
定年後、夫婦で過ごす時間が増えると、「これからは、いつも一緒にいるのかな」と思うことがあるかもしれません。
でも、実際には、それぞれに予定があったり、別々に過ごす時間が増えたりすることもあります。
私は、それ自体は悪いことではないと思っています。
夫婦だからといって、何から何まで一緒にする必要はありません。
むしろ、お互いの時間を尊重しながら、ときには少し相手に合わせてみる。
そんな関係のほうが、長く一緒に暮らしていくうえでは自然なのではないでしょうか。
子どもが家を出ると、夫婦二人の時間が思った以上に増える
子どもが家を出て、夫婦二人の生活になると、それまでとは時間の使い方が大きく変わります。
家族がそれぞれの予定を持っていた頃は、自然に生活の中に変化がありました。
ところが、夫婦二人になると、気がつけば毎日同じような時間を過ごしていることもあります。
そうなると、「夫婦で一緒にいること」が、いつの間にか当たり前になっていきます。
でも、長い人生を一緒に歩いてきたからこそ、それぞれが自分の時間を持つことも大切なのだと思います。
以前、夫婦で過ごす時間が増えたとき、お互いの時間をどう大切にするかについても考えてみました。
「別々に過ごす」と「相手を大切にしない」は違う
夫婦で別々の予定があると、「一緒に過ごしたくないのかな」と感じることがあるかもしれません。
でも、別々に過ごすことと、相手を大切にしないことは同じではありません。
好きなことも違えば、興味を持つことも違います。
一人で過ごしたい時間がある人もいれば、誰かと出かけたい人もいます。
その違いを無理に合わせるのではなく、「そういう時間も必要なんだ」と認めること。
それも、お互いを尊重することの一つではないでしょうか。
お互いを尊重する。でも、昔はできなかったことを少しだけ合わせてみる
もちろん、何でも「お互い自由」でいいというわけでもありません。
夫婦になった頃には、それぞれ仕事や子育てなどで、やりたくてもできなかったことがあったと思います。
人生後半になって時間に少し余裕ができたなら、昔はできなかったことを、ほんの少しだけ合わせてみるのもいいと思います。
一緒に食事をする。
近くへ出かける。
気になっていた場所へ行ってみる。
そんな小さなことで十分です。
「今までできなかったから、これからは少しやってみようか」。
そんな気持ちが、夫婦の時間を新しくしてくれることもあります。
「同じことをする」だけが、夫婦の協力ではない
私は料理が好きではありません。
だから、家内が料理をしているからといって、「手伝わなければ」と無理に台所へ入ることはありません。
料理が好きな人なら、料理をすること自体が苦痛ではないからです。
もちろん、これは「料理は女性の仕事」という考え方ではありません。
私は、料理が好きな人が料理をすればいいと思っています。
その代わり、私は家内が作ってくれた料理を「おいしい」と言葉にします。
料理そのものを手伝わなくても、作ってくれたことを喜ぶ。
それも、家内のしていることに関わる一つの方法だと思っています。
夫婦の協力というと、「同じことを一緒にする」ことを考えがちです。
でも、本当は、それぞれができること、したいことを持ちながら、相手のことを認めることも協力なのではないでしょうか。
夫婦だからこそ、ときには言葉を一つ飲み込む
夫婦で長く一緒にいると、相手のことがよく分かるようになります。
その一方で、分かるからこそ、つい余計な一言を言ってしまうこともあります。
そんなとき、私は、ときには言葉を一つ飲み込むことも大切だと思っています。
「今、これを言う必要があるだろうか」。
そう考えて、一度言葉を止める。
それだけで、余計なぶつかり合いを避けられることがあります。
ただし、言葉を飲み込むことと、何でも我慢することは違います。
自分が傷ついていることや、本当に伝えなければならないことまで黙っている必要はありません。
必要なことは、落ち着いて伝える。
今すぐ言わなくてもいいことなら、少し時間を置く。
「言わなくてもいいこと」と「言う必要があること」を、自分の中で分けてみることも大切なのだと思います。
「相手も同じように思っているかもしれない」と想像してみる
夫婦で暮らしていると、「自分ばかり我慢している」と感じることがあります。
でも、少しだけ視点を変えてみると、相手も同じように感じているかもしれません。
私が「これは言わないほうがいいかな」と思うように、家内も何かを飲み込んでいるかもしれません。
もちろん、本当のところは相手に聞いてみなければ分かりません。
だからこそ、「相手も同じように思っているかもしれない」と想像することが大切なのだと思います。
相手の立場を少し想像するだけで、言葉の選び方や距離の取り方が変わることがあります。
別々の時間があるからこそ、話すことも生まれる
ずっと一緒にいると、話すことがなくなることがあります。
それぞれが別の場所へ出かけたり、別々のことをしたりすると、帰ってきたときに話すことが生まれます。
「今日はこんなことがあった」。
「こんな人に会った」。
「こんなものを見つけた」。
そんな小さな話でも、夫婦の会話になります。
別々の時間は、夫婦を離してしまう時間ではなく、逆に話すことを増やしてくれる時間になることもあるのです。
夫婦だけでなく、人生後半の「人と話すこと」については、定年後に人と話す機会が減ったときの会話についても書いています。
夫婦二人になったからこそ、「一緒」と「別々」のバランスを考える
定年後は、それまでより自由な時間が増える人もいます。
だからこそ、「夫婦だから一緒に」という考え方だけではなく、それぞれの時間も大切にしてみる。
一人で過ごす時間。
友人と過ごす時間。
趣味の時間。
夫婦で一緒に過ごす時間。
その全部があっていいのだと思います。
大切なのは、どれか一つに偏りすぎないことなのかもしれません。
そして、夫婦のことだけではなく、人生後半に「物・時間・人」をどう整理していくかを考えることも、自分らしい暮らしにつながります。これからの人生で何を大切にするかについては、No.140でも詳しく考えています。
これからも「ああでもない、こうでもない」と話せる相手でいたい
子どもが家を出て、夫婦二人になると、家の中が静かになったと感じることがあります。
そんなとき、誰かと「ああでもない、こうでもない」と話せることは、思っている以上に大切なのではないでしょうか。
意見が違ってもいい。
考え方が違ってもいい。
ときには言葉を飲み込むこともある。
それでも、必要なことはきちんと話す。
そして、お互いに自分の時間も持つ。
夫婦だからといって、いつも同じ方向を向いている必要はありません。
それぞれの時間を大切にしながら、戻ってきたときにはまた話ができる。
そんな関係を、これからも大切にしていきたいと思っています。
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この記事を書いた人
70’spapa
43年間、整体の現場で多くの人生に寄り添う中で、体だけではなく、心や暮らし、人とのつながりが人生を支えることを学んできました。
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