家族に自分の希望を伝えにくいとき|人生後半から始める小さな話し合い

家族だからこそ話しにくいことがある

人生後半になってくると、少しずつ「これから先のこと」を考える機会が増えてきます。

お金のこと。

保険のこと。

お墓のこと。

自分が亡くなったあとのことや、どこにどのように埋葬されたいかということ。

病気や介護が必要になったときのこともあります。

頭では、いつか考えておかなければならないことだと分かっています。

でも、大きな病気をしているわけでもない。

今すぐ困っているわけでもない。

そうすると、つい後回しにしてしまいます。

「また今度でいいか」

そんなふうに思って、そのまま時間が過ぎていく。

私自身にも、そういうところがあります。

そして、こうしたことは自分一人だけの問題ではありません。

夫婦で暮らしているなら、本当は二人で話しておいた方がいいこともあります。

ところが、これがなかなか難しい。

お互いに大切なことだと分かっているのに、どちらからも話し出さない。

なんとなく避けてしまう。

縁起でもないからでしょうか。

それとも、まだ自分たちには早いと思っているからでしょうか。

たぶん、その両方があるのだと思います。

遠くにあったことが少しずつ近くなってくる

若い頃なら、「病気になったときのこと」や「老後のこと」「死んだあとのこと」は、まだずっと先の話でした。

ところが人生後半になってくると、少し感覚が変わってきます。

親のことを経験したり、同年代の人の病気や介護の話を聞いたりする。

身近な人のお葬式に出ることもある。

そんな出来事が重なると、それまで遠くにあったことが、少しずつ自分の近くにあることとして感じられてきます。

「いつか」ではあるけれど、決して「ずっと先」ではない。

そんな感覚です。

お金のことも同じです。

自分に何かあったとき、家族はどこに何があるのか分かるだろうか。

保険に入っていることを、家族は知っているだろうか。

お墓について、自分はどうしたいと思っているのだろう。

葬儀や埋葬について、特に希望はないと思っていても、考えてみると「これはしてほしくない」ということくらいはあるかもしれません。

こうしたことは、どれも今すぐ決めなければならないわけではありません。

ただ、自分の中にある考えを、少しずつ整理しておくことはできます。

そして、その考えを家族に伝えておくこともできます。

大事なことほど夫婦でも話さずに過ぎてしまう

私は、夫婦だから何でも話せるとは限らないと思っています。

むしろ長く一緒に暮らしているからこそ、あえて言葉にしないこともあります。

「分かっているだろう」

「そのうち話せばいい」

「まだ先のことだから」

そうやって、何年も過ぎていく。

特に、お金や病気、介護、お墓や死後のことになると、話題にするだけで少し重い空気になることがあります。

だから、どちらも悪くないのに、二人とも避けてしまう。

これは、決して特別なことではないと思います。

厚生労働省が紹介している「人生会議」でも、もしものときに望む医療やケアについて、家族などと前もって考え、話し合い、共有することが大切だとされています。

一度決めたら終わりではなく、気持ちや状況が変われば、何度でも話し合っていいものです。

考えてみれば、それは終活全般にも似ています。

最初から全部決める必要はありません。

まずは「私はこう思っている」ということを、お互いに知っておく。

そこから始めてもいいのではないでしょうか。

家族に希望を伝えることは家族に決めさせることではない

自分の希望を家族に伝えるとき、少し気をつけたいことがあります。

それは、「希望」と「指示」は違うということです。

「私はこうしてもらえたらうれしい」

「できればこうしたいと思っている」

というのは、自分の気持ちを伝えることです。

一方で、

「あなたはこうしなさい」

となると、相手への要求になります。

もちろん、財産や相続など、きちんと手続きをしておかなければならないこともあります。

政府広報でも、相続をめぐるトラブルを避けるため、基本的な仕組みを理解し、必要な準備や家族との話し合いをしておくことが大切だとされています。

ただ、今回私が言いたいのは、そうした手続きの話だけではありません。

もっと手前にある、

「自分はどう思っているのか」

という部分です。

家族に自分の希望を伝えることは、家族に自分の人生を決めてもらうことではありません。

自分の気持ちを知っておいてもらうことです。

最初は一つのことだけでいい

では、何から話せばいいのでしょうか。

私は、全部を話そうとしない方がいいと思います。

例えば、

「もしものとき、お墓はこういう形がいいと思っている」

でもいい。

「保険のことは、ここを見れば分かるから」

でもいい。

「この口座のことだけは、何かあったら分かるようにしておくね」

でもいい。

「病気になったときには、できるだけこうしたいと思っている」

でもいい。

大きな話し合いを開く必要はありません。

食事をしているときに、ふと思いついたことを話す。

テレビで誰かのお葬式を見たときに、

「自分だったら、あまり大げさにしなくてもいいかな」

と話してみる。

親戚や知人の話をきっかけに、

「そういえば、自分たちはどうするんだろうね」

と話してみる。

そんなところからでもいいのだと思います。

話すことより聞くことから始めてもいい

自分の希望を伝えるのが難しいなら、先に相手の考えを聞いてみる方法もあります。

「もし介護が必要になったら、どうするのがいいと思う?」

「お墓って、どうしたいと思ってる?」

「何かあったときに、こうしてほしいっていうことある?」

そんなふうに聞いてみる。

相手の考えを聞いてみると、自分の考えも見えてくることがあります。

「そういう考えなんだ」

と知るだけでも、今までとは少し違った会話になるかもしれません。

大切なのは、そこで結論を出すことではありません。

話したことが残ること。

相手の考えを知っていること。

そして、自分の考えも少し知ってもらっていること。

それだけでも意味があります。

一度話したことが変わってもいい

終活という言葉を聞くと、一度決めたことを記録して、それを最後まで守るようなイメージを持つ人もいるかもしれません。

でも、人の気持ちは変わります。

暮らし方が変われば、考え方も変わる。

家族の状況が変われば、希望も変わる。

だから、

「前はこう思っていたけれど、今は少し違う」

ということがあってもいい。

厚生労働省の「人生会議」でも、気持ちは変わっていくことがあるため、その都度、何度でも話し合うことが大切だとされています。

大切なのは、完璧な答えを出すことではありません。

今の自分が何を大切にしているのか。

それを家族と少し共有しておくことです。

私はこうしたいを一つだけ伝えてみる

お金のこと。

保険のこと。

お墓のこと。

埋葬のこと。

病気になったときのこと。

介護のこと。

考えなければならないことは、いろいろあります。

でも、全部を一度に考えようとすると、かえって何も進まなくなります。

だから、まず一つだけでいい。

「私はこうしたいと思っている」

と、家族に伝えてみる。

それだけでも、今までとは少し違う会話が始まるかもしれません。

終活というと、何かを整理したり、準備したり、決めたりすることを思い浮かべます。

もちろん、それも大切です。

でも私は、「伝えておくこと」も終活の一つだと思っています。

大切なことほど、後回しにしてしまう。

分かっているのに、なかなか話し出せない。

それは、きっと私たちだけではありません。

だからこそ、いきなり大きな話し合いをしなくてもいい。

今日すべてを決めなくてもいい。

まずは、自分の希望を一つだけ言葉にしてみる。

人生後半の家族との話し合いは、そんな小さな一歩から始めてもいいのではないでしょうか。

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この記事を書いた人

70’spapa

43年間、整体の現場で多くの人生に寄り添う中で、 体だけではなく、心や暮らし、人とのつながりが人生を支えることを学んできました。

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